HTTP/2という「祭り」

最近、HTTP/2は、IT業界がよくやる「祭り」の一つなんだと気づきました。

IT業界における「祭り」とは

IT業界における「祭り」とは、新しい技術や手法などが考え出された際に、それをイベントにして盛り上げて商売上のチャンスに仕立て上げるものです。

新しいソフトウェアやハードウェア出たよ(ワッショイ)
昔はこれが多かった。昔は、新しいCPUやグラフィックスカードが出る度にやってたよね。あとOSのバージョンアップとか。
新しい考え方ややり方が出たよ(ワッショイ)
ユビキタスとか、ゲーミフィケーション、マッシュアップ、ウェアラブル、ノマド、フルスタックエンジニア、データサイエンティストとか。コンテンツマーケティング、モバイルファースト、レスポンシブデザイン、マーケティングオートメーションとか。
新しい規格や資格が制定されたよ(ワッショイ)
昔はCORBAとかSOAPとか流行りまして。資格だと、PMPだったり、MCPとかCCIEとか。規格だと、XML、XHTML、HTML5とか。
私達、IT業界は、これを繰り返して需要を喚起し、ビジネスをしているのではないかと思います。

これらの「祭り」でビジネスの需要を喚起して、色々と売り込んで、実際にどれだけ生産性の向上に寄与したんだろう?と考えると、とっても怪しいです。

このあたりについては、ニコラス・G・カーの著書「ITにお金を使うのは、もうおやめなさい」(現在は、「もはやITに戦略的価値はない」というタイトルになってダイヤモンド社から発売されています)で詳しく解説しています。

もう13年も前の話になりますが、とある銀行の様々なシステムのファンクションポイント数を片っ端から数えるというのをコンサルティングの仕事で入ってやったことがあります。
そして、実際に業務で使われている機能のファンクションポイント数を数えて、どのくらいIT投資が無駄になっているかを調べたのですが、半分以上使われていませんでした。

銀行のシステムは、それなりに要件定義とか定めて作ってると思うのですが、それでも半分は使われないわけです。
「祭り」で導入されたシステムなどが、どれだけ、実際に使われて役に立っているのかを考えると、怪しいものです。その辺りの内情を知ってる人々は、 「過去の遺物が死屍累々」と言うわけです。

新しいから良いわけではない

我々が間違えやすいのは、新しいものが良いもの、時間軸で未来にあるものがより良いものであるという考え方です。

その考えの背景には、「人間は過去に学ぶ」「人間は失敗から学ぶ」「人間は物事を改善する」という、人間は学び成長するという一般的な見方があると思います。

確かに、人は、過去に学び、失敗から学び、そして物事を改善していくわけですが、全ての人間がそうではありませんし、人によっても、時には学び、時には無視するわけです。

いや、そうでしょう?
実際のところ。
もし、全ての人間がそうであるなら、世の中はもっと良くなってますよね。

ニコラス・G・カーの別の著書「ネットバカ」の一節をご紹介しましょう。
神経可塑性による適応が望ましくない結果をもたらす可能性は、精神の日常的機能のなかにも存在している。実験によれば、身体的もしくは精神的実践によって、脳が新しい回路、あるいはより強い回路を築き上げられるのと同様、これらの回路は、無視されることによって弱まったり消滅したりすることがある。「知的スキルの活用をやめた場合、それらは単に忘れられるのではない。そうしたスキルのために使われていた脳の部位が、代わりに実践しているスキルによって乗っ取られてしまうのである」とドイジは言う。UCLAメディカル・スクールの精神医学教授、ジェフリー・シュウォーツは、このプロセスを「多忙者生存」と呼ぶ。犠牲にされた精神的なスキルは、新たに獲得された精神的スキルと同じくらい、または、もっと価値のあるものかもしれない。思考の質ということになると、われわれのニューロンやシナプスはまるで無関心だ。知的衰退の可能性は、脳の可変性ゆえ避けられないのである。

だからといって、神経信号の向きを元に戻したり、失ったスキルを再構築することが、努力しても不可能だというわけではない。上記のことが意味しているのは、われわれの脳の生命の水路が、ムッシュ・デュモンの言葉によるところの、最も抵抗の少ない水路になるということだ。これらの路は、われわれがほとんどの場合に選択する路である。そして、進めば進むほど戻るのが難しくなる路なのだ。
思考パターンとは、物理的には、神経の回路パターンであり、その思考パターンをなぞる事で、その神経接続がより強固になり、その思考パターンは強化されます。

もし、自分のやり方や考え方ではまずいとか、間違っていると気づいた場合には、新しい思考パターン=神経回路を作り上げて、それを強化しなくてはいけないわけです。

そして、従来の思考パターン=神経回路を衰退させなくてはいけない。

ところがどっこい、それは簡単にはいかなくて、自分の中にある考えに基づいた認知とは矛盾する認知をした場合に、「認知的不協和」という状態に陥ります。それを解消するのは左脳の役目で、自己正当化・自己欺瞞によって、この認知的不協和を解消しようとします。

そして、知性の高い人ほど、その高い知性を駆使して、現実を否定し自分を騙す巧妙な嘘を無意識のうちに作り上げるから厄介なのだそうです。
「言ってはいけない―残酷すぎる真実」橘 玲 著)

テロリストに高学歴の人が多いのも、この認知的不協和を利用しているためだと言われています。自分が置かれている状況と、世の中で言われている状況や成功則が合致しない場合に、テロ組織がもたらす思想や理論が、認知的不協和を解消してくれる「理由」を与えてくれるのです。

「人は変えられない、自分を変えるしかない」とよく言われますが、他人から変えようとする圧力には人は頑として抵抗するものです。よほどのショッキングな事が無い限りは。

うちの父は、長年喫煙者で、私が煙草を止めようよと言っても禁煙しませんでした。しかし、お医者さんから「このまま喫煙すると、あと半年で死亡です。」と言われて、ぴたっと禁煙しました。

うちの奥さんのお父さんも長年喫煙者でしたが、家族から禁煙するように言われても、頑として止めませんでした。それが、最近咳き込むようになって、ぴったりと禁煙しました。

やはり、「死」の影は、人を変えるのに一番の力を持つみたいですね。

HTTP/2という祭り

「HTTP/2は、(今の実装では)高速化には繋がらない」という事をデータで示しても、IT業界的には、「HTTP/2は、高速化でSEOに有利ですよ、SSLにするとSEOで有利ですよ」と、まぁ、色々盛って突き進む一方です。

それで、最近、ハッと気づいたのですが、「あぁ、HTTP/2は祭りなのか」と。

商売のチャンス、新しい規格による、新しい商機なのです。
だから、「HTTP/2は速くならないですよ、GoogleはHTTPSで検索に有利にするとは言ってませんよ」って言ったって、そんなのは、どこ吹く風、「お前、このビジネスチャンスに水を差すなよ」なのです。

HTTP/2にして遅くなっても、HTTP/2にしてGoogleの検索順位が変わらなくても、損害賠償請求の訴訟を起こされるわけじゃないですし。

Googleが言ってるのは、現段階では「HTTPとHTTPSで同じコンテンツを出している場合、HTTPSの方を優先してインデックスする」ですからね。
「HTTPS ページが優先的にインデックスに登録されるようになります」をよく読んで下さい。
同じドメインの 2 つの URL が同じコンテンツを掲載していると思われ、かつ、両者が異なるプロトコル スキームで配信されている場合、通常、以下の条件を満たしていれば HTTPS URL を選択してインデックスに登録します。

データに基づいて、「HTTP/2は(今の実装では)遅いですよ」と言ってる私は、「あぁ~ぁ、せっかくの商売のチャンスを無駄にして、馬鹿な奴…」と思われているのかもしれません。

まぁ、いずれ、HTTP/2の実装上の問題が解決されて高速化されるかもしれませんし。
でも、それだけでは、高速化されなくて、Webページあたり15~100ホストも接続している現状を改善しないといけないわけですが。

もしくは、「Googleがやっているから正しいんだ」と、「ブランドの罠」に嵌って、認知的不協和を解消しているのかもしれません。

まぁ、IT業界の皆さん、HTTP/2という「祭り」を楽しんで下さい。
お客様が一緒にワッショイして、その後、どうなるかは知りませんが。

こういうのは、私もそうですが、自分で痛い目にあって、検証しない限りは、考えは変わらないでしょうから。

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