Tokyo Design Week 2016の事故に想う


この度は、Tokyo Design Week 2016の火災事故で亡くなられた、佐伯健仁くんのご冥福を心よりお祈りいたします。
同じ5歳の娘を持つ、父親の私としては、他人事ではなく、健仁くんのご両親の心中を想うと胸が痛むばかりです。

私達が健仁くんのためにできる事は、その死から学んで、同じ過ちが起きないようにすることです。
主催者や、木造ジャングルジムをつくった日本工業大学の学生の皆さんを責めたいわけではないので、それは最初に申し上げておきます。

「デザイン」による死の衝撃

子供だけでなく、大人の死亡事故のニュースも日常的に私達の耳に入ってきます。
しかし、今回の事故が衝撃的だったのは、火災原因が「設計」としての「デザイン」に起因しているという点だと思います。

設計ミスでの事故というのは、最近では、サムソンのGalaxyのバッテリー発火事故が記憶に新しいところです。
しかし、今回の事故は、明らかに危ない「白熱電球とおがくず」という組み合わせで設計されており、その点に衝撃を受けているコメントがネット上で数多く見られました。

「それは事故になったから、そう言えるだけではないのか?」という想いも自分の中ではあります。
しかし、工業デザインを教えている大学なのであれば、白熱電球とおがくずについては、その組み合わせが危険であるという認識や、出展前の安全性の検証があってしかるべきだったのでないかと思います。
同様に、出展時の主催者側のチェックが無かったのか?という点は、検証されるべきでしょう。

今回の事故をきっかけに、Tokyo Design Weekが来年以降は開催されないという事にはなっては欲しくないです。
当たり前になりすぎて認識が欠けてしまった「安全第一」を胸に刻み、チェック体制をきちんとつくり、後に続く人達への教訓にすることが、健仁くんへの手向けになるのではないでしょうか。

「悔やむ」に感じる違和感

もう一つ、世間の皆さんと同様に、私も違和感を感じているのが、主催者の「痛恨の極み」「悔やむ」「残念」というコメントです。 Tokyo Design Week 2016の公式サイトのコメントでは、以下のように書かれています。
前略
平素よりお世話になっております。
既に新聞・テレビ等の報道でご存じのことと思いますが、この度「TOKYO DESIGN WEEK2016」のコンテンツのひとつ「学校作品展」において作品から出火があり、5才のお子様が亡くなられるという火災事故が発生いたしました。
お亡くなりになられた方へ深くお悔みを申しあげると共に、ご遺族の皆様に心よりお詫び申し上げます。
また、火災事故により負傷された皆様ならびに関係者の皆様にもご迷惑をおかけいたしましたことを、心よりお詫び申し上げます。

この様な事故が起きてしまった事は痛恨の極みです。現在、警察及び消防等の調査に全面協力するとともに、事故原因の調査結果を待つことになりますが、新しい情報が分かり次第、改めてご報告させて頂きます。
ご遺族の皆様ならびに関係者の皆様に、重ねてお詫び申し上げます。
草々
TOKYO DESIGN WEEK代表 川崎 健二
学校作品展実行委員長 多摩美術大学 田淵 諭
「悔やむ」というのは、「自分のした行為を後悔するさま」を意味する言葉です。
TVの報道では、「残念に思う」と述べられているシーンが流れましたが、「残念」も自身の感情が中心の表現で、「満足できなくて心残りがする」とか「悔しく思う」という意味です。
悔しい想いは、ご自身の中で向き合うべきことで、この場合、表明するのは適切ではないでしょう。
日本工業大学の学長である、成田健一先生のコメントの方が適切だと考えます。
東京デザインウィーク火災に関するお詫び

昨日、東京デザインウィークに本学学生が出展した作品が、死傷者を伴う重大な事故を引き起こしたことについて衷心よりお詫び申し上げます。
亡くなられた方のご遺族をはじめとするご関係の皆様に対しては、重ねてお詫び申し上げるとともに、大学として誠心誠意の対応をさせていただきます。
現在、警察・消防署に全面的に協力しておりますが、事実関係が明らかになった時点であらためてご報告申し上げます。

平成28年11月7日
日本工業大学学長
成田健一

Webの「デザイン」は大丈夫なのか?

これを他人事と思っていてはダメで、私はWebサイトの品質調査の仕事をしているので、Webの「デザイン」に対して、同じ危うさを感じるのです。
今は、殆どのWebサイトは、命に関わるようなものは無いかもしれません。
しかし、Webサイトがどんどん情報発信源として、存在の重みを増していく中で、Webサイトも命に関わるものがでてきています。

例えば、配信品質に関する問題があるのは、自治体のWebサイト、特に災害通知のサイトです。
今後、増々、災害は増えていく一方で、迅速且つ確実な災害危険の通知が求められていきます。
表示速度が遅いとか、繋がらないという事で、危機情報の通知が遅れて、誰かが災害に巻き込まれたり、死亡するという事故はまだ発生していないものの、災害発生時に繋がらないWebサイトに関するニュースに、その予兆は出てきています。

もう一つの例で、情報品質に関する問題があるのは、医療関係の情報サイトです。
医療知識を持たないライターが、適当に集めて、検証もなく書いた内容を、そのまま鵜呑みにして実行することで、事故が発生しないと言い切れるでしょうか?

事故が発生してから原因を見れば、「それで事故になるのは当たり前だ」と思う事が多いです。
事故になって当たり前にならないように、きちんとチェックする体制づくりが無いから、事故が起きて当然の事態に至るのです。
しかし、現在のWebサイト制作の現状を見るに、その事が軽視されているように思います。

Webサイトの品質の問題について指摘すると、少なからず、Webデザイナーの方が納得できないという顔をします。
品質よりも、美術デザインや表現の方が重要だというのです。
そこに、今回のTokyo Design Week 2016の事故に対する主催者側コメントで自己の感情を出してくる事や、事故を起こした木製ジャングルジムの設計と、共通点を感じてしまうのは過敏でしょうか?

コメント

人気の投稿